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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)294号 判決 1998年7月16日

静岡県浜松市中沢町10番1号

原告

ヤマハ株式会社

代表者代表取締役

上島清介

訴訟代理人弁理士

長谷照一

神谷牧

大庭咲夫

鈴木隆盛

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

高瀬博明

板橋通孝

吉村宅衛

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

「特許庁が平成5年審判第17716号事件について平成7年9月8日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

ノーリン・インダストリーズ・インコーポレーデッドは、昭和57年5月27日、名称を「自動伴奏方法およびその装置」とする発明(後に「自動伴奏装置」と補正。以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和57年特許願第88966号。1981年6月17日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張)をし、その特許を受ける権利は、ジョージ・ロバート・ホール、ロバート・ジョン・ホール及びジャック・クッカリーの3名を経て、平成2年2月9日原告に移転した(いずれも被告に対する届出済み)。そして、本願発明の特許出願は平成3年12月16日に出願公告(平成3年特許出願公告第78635号。この公告に係る公報を、以下「本願公報」という。)されたが、特許異議の申立てがあり、平成5年6月17日、特許異議の申立ては理由がある旨の決定とともに拒絶査定がされたので、原告は、同年9月9日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成5年審判第17716号事件として審理された結果、平成7年9月8日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年11月13日にその謄本の送達を受けた。

2  本願発明の特許請求の範囲

メロディ音情報を入力するメロディ音指定手段と、

和音の種類と根音の両方に関する和音情報を入力する和音情報指定手段と、

前記メロディ音情報と前記和音情報を入力とし、前記メロディ音情報と和音情報の両方に基づいて、メロディ音情報により指定されたメロディ音と調和し、かつ前記和音情報によって指定された和音の構成音名とは異なる音名の1もしくは複数の伴奏音を指定する伴奏音情報を形成する伴奏音情報形成手段と、この伴奏音形成手段により形成された伴奏音情報に基づいて伴奏音を形成する伴奏音発生手段とを有する伴奏音形成手段と、

を具備することを特徴とする自動伴奏装置

3  審決の理由

(1)審判合議体は、平成7年4月4日、原告に対し下記のような拒絶理由を通知した。

「本件出願は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第3項及び第4項(平成2年法律第30号による改正前。以下同じ)に規定する要件を満たしていない。

1. 特許請求の範囲の記載が発明の構成を的確に表現していない。

2. 発明の詳細な説明において、この発明の構成が、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていない。

備考

特許法上の発明は、(中略)自然法則を利用した技術的思想として、発明を認定することができない。

発明の詳細な説明においては、特に以下に示す点が不明であり、発明を正しく認定することができず、かつ、容易にその実施をすることができる程度の記載があるものとも認められない。

(1)和音情報とは何か。また、和音指定手段はどのような機械的構成を持ち、どのような操作によりどのような信号が作成されるのか。(略)

(2)(略)

(3)「メロデイ音および指定された和音の構成音と異なる音」はそれらの音以外の音を無作為に決定しているのか、あるいは、なんらかの演算を行っているのか、演算を行っているとすれば、どのような演算処理が為されるのか。

そして、発明を正しく認定することができない不明瞭な発明の詳細な説明に基づく特許請求の範囲は、発明の構成を的確に表現しているものとは認められない。」

(2)これに対して、原告は、平成7年6月26日付手続補正書において、明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明における「メロディ音および和音指定手段によって指定された和音の構成音とは異なる1もしくは複数音名の音」を、「メロディ音情報により指定されたメロディ音と調和し、かつ前記和音情報によって指定された和音の構成音名とは異なる音名の1もしくは複数の伴奏音」とする補正をするとともに、意見書を提出し、前記拒絶理由通知において不備であると指摘された点を明瞭にしたと主張している。

この主張のうち、前記拒絶理由通知の備考(3)についての原告の主張は次のとおりである。

「本願ではメロディ音と和音構成音とは異なる音名の音は無作為に決定するものではなく、和音構成音とは異なる音名のメロディ音と調和する楽音を得るものです。従来との関係において、その説明が公告公報2ページ3コラム3行目~3ページ5コラム38行目(略)に、第7図および第1表を用いてなされております。さらに実施例は、(略)公告公報6ページ12コラム2~40行目で説明しているように、ROMにストアされたプログラムによってなされるもので、表(具体的な一例として第2表に示したもの)を利用してメロディ音に調和する音を選択するものです。

更に、実施例を具体的に説明しているのは、(略)公告公報6ページ12コラム41行目~10ページ20コラム1行目です。」

(3)そこで、平成3年3月6日付手続補正書添付の全文補正明細書(以下「本願明細書」という。なお、平成5年10月12日付手続補正書及び平成7年6月26日付手続補正書による補正がされている。)の記載に基づいて、原告主張の箇所を検討する。

<1> 原告の「従来との関係において、その説明が公告公報2ページ3コラム3行目~3ページ5コラム38行目(略)に、第7図および第1表を用いてなされております。」との主張について

この記載は発明の課題に係る説明であって、第1表とともに、本願明細書3頁6行ないし9頁3行(本願公報3欄3行ないし5欄下から7行)には調和関係が説明されており、特に、「メロディ音、コードのタイプに対して異なった伴奏音の組合せが存在することがわかる」、「このため、(中略)最適な伴奏音を含む5種類のコード(中略)が存在する。」、「12のメロディ音のそれぞれについて12の根音と5種類のコードが存在するので、720個のメモリ番地が必要である。」との記載がある。そして、第1表について「根音をCとしたときのメジャーコードをつくる伴奏音のリストである。」と記載されている。

しかしながら、このリストがどのような法則で選定したものであるかについて何らの説明もされておらず、また、表自体から法則性を見出すこともできない。更に、このリストがメジャーコードを作るためのものであるとしながらも、このリストに示されている伴奏音は4音の和音であり、メジャーコード(長三和音)ではない(例えば、メロディ音Cの欄に示されているものは6thコードである。)。

したがって、この記載からは、任意のメディ音に対し「調和する音」を特定することができない(以上の判断を、以下「判断<1>」という。)。

<2> 原告の「実施例は、(略)公告公報6ページ12コラム2~40行目で説明しているように、ROMにストアされたプログラムによってなされるもので、表(具体的な一例として第2表に示したもの)を利用してメロディ音に調和する音を選択するものです。」との主張について

この記載は実施例によるデータ処理方法に係る説明であって、本願明細書21頁5行ないし23頁20行(本願公報12欄2行ないし40行)には、あるメロディ音とコードに対して、第2表に示されているメジャーコードの場合としての例が記載されている。この第2表は前記の第1表をシステムに用いるために数値表記を改めたもので、根音2をCとしたときのメジャーコード作る伴奏音のリストであって、リストにおける各音の対応関係は第1表と何ら変わっていない。

したがって、この記載からも、「メロディ音と調和する音」を特定することができない(以上の判断を、以下「判断<2>」という。)。

<3> 原告の「実施例を具体的に説明しているのは、(略)本願公報6ページ12コラム41行目~10ページ20コラム1行目です。」との主張について

この記載のうち実質的に関連するのは次の2箇所である。すなわち、第1の箇所は実施例の動作プログラムに係る説明であって、「サブルーチGET AOCでは、まず、4つの所望の伴奏音を含むアドレスを指定する。(中略)使われる列の決定は、演奏者により選択されたメロディ音により決定される。」(本願明細書30頁13行ないし31頁5行。本願公報15欄40行ないし16欄8行)との記載である。第2の箇所も同様に実施例のプログラムに係る説明であって、「このステップS-6は、付加伴奏音をレジスタR5、R6に取り込むサブルーチンGET AOCであるから、ROMにストアされているデータから伴奏データを読出す。この読出しは、和音の根音名とメロディ音名との差、および和音のタイプに基づいて行われる。そして、読出されたデータが各々A音、G音、E音、C音であったとすると、(中略)E音とC音の差「4」が書き込まれる。」(本願明細書36頁2行ないし18行。本願公報18欄16行ないし32行)との記載である。

すなわち、この2箇所には、「メロディ音情報により指定されたメロディ音と調和し、かっ前記和音情報によって指定された和音の構成音とは異なる音」が、「ステップS-6におけるサブルーチンGET AOCにおいて実行処理されるものであって、メロディ音情報により指定されたメロディ音と調和する音」であることが記載されている。

しかしながら、「メロディ音と調和する音」の特定に関する法則性については何ら触れられておらず、これらの記載から「メロディ音と調和する音」を特定することができない。

そして、これら2箇所以外の記載は、システムのハードウェア的動作に関するものであって、「メロディ音と調和する音」の特定に関する法則性については何ら触れられておらず、これらの記載からも「メロディ音と調和する音」を特定することができない(以上の判断を、以下「判断<3>」という。)。

以上を総合すれば、「メロディ音情報により指定されたメロディ音と調和する音」をどのような法則性をもって決定しているのかは本願明細書のどの部分にも記載されておらず、本願明細書のすべての記載を総合しても、演算処理の具体的な内容、すなわちメロディ音情報と和音情報からなる入力情報に対していかなる情報処理操作を行っているか明らかでなく、「メロディ音および指定された和音の構成音と異なる音」が何の音であるかは依然として不明である(以上の総合判断を、以下「判断<4>」という。)。

(4)更に、本願明細書に記載されている構成が実際に実施をすることができるかどうかについて、本願明細書に実施例として記載され、かつ平成7年6月26日付意見書で述べられている構成について検証する。

a 第1の検証

この実施例においては、メロディ音がEであり、根音Cの長三和音(すなわち、C、E、G)が指定されている。この実施例において、メロディ音(E)に調和する音はAとされているが、何故Aのみであるかは明らかでない。音楽理論的に、AはEの完全4度音であり、完全4度は完全協和音程であるから調和する音ではあろうが、調和する音(音程)とはどのように定義されるのであろうか。

一般的な音楽理論では、調和ではなく、協和の概念で音程を扱っている。すなわち、音楽理論では、2音の周波数比によって、完全1度及び完全8度を絶対協和音程といい、これに完全5度及び完全4度を加えたものを完全協和音程という。これらに、更に長3度、短3度、短6度及び長6度を加えたものを協和音程という。調和が仮にこの協和という意味であれば、Eに対する調和音は完全4度であるA以外にもE’、B、G#、G、C、C#があり、入力された和音情報と異なる音名としてB、G#、C#が存在するが、これらの音が伴奏音として発生されるのかどうか不明である。

b 第2の検証

この実施例では、結果的に伴奏音として発生される音はC、E、G、Aの4音である。これはいわゆるC6(長六付加和音;6th chord)の和音である。換言すれば、メロディ音Eと「根音Cの長三和音(すなわち、C、E、G)」の指定によってC6(長六付加和音;6th chord)の伴奏音が発生する。これに対して、メロディ音Eと「C6(長六付加和音;6th chord)」を指定した場合の「メロディ音情報により指定されたメロディ音と調和し、かつ前記和音情報によって指定された和音の構成音名とは異なる音名の1もしくは複数の伴奏音」は何の音になるのであろうか。特許請求の範囲では1つもしくは複数とあるから、必ず1以上の新たな伴奏音を発生するはずであるが、この音はどのように決定されるのか不明である。

以上の検証からも、本願明細書の発明の詳細な説明には、所期の目的を達成する発明の構成が正しく記載されていないことが明らかである。

(5)結局、本願明細書には、前記拒絶理由通知の備考(3)において指摘されている「メロディ音情報により指定されたメロディ音と調和し、かつ前記和音情報によって指定された和音の構成音名とは異なる音名の1つもしくは複数の伴奏音」を特定するための具体的構成が、その特許請求の範囲に的確に表現されておらず、発明の詳細な説明においても、当業者が容易にその実施をすることができる程度に記載されていない。

以上のとおりであるから、本出願は、特許法36条3項及び4項に規定する要件を満たしておらず、拒絶すべきものである。

4  審決の取消事由

審決は、本願発明の技術内容を正解しなかった結果、本願明細書は特許法に規定する要件を満たしていないと判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)判断<1>ないし<4>の誤り

審決は、本願公報3欄3行ないし5欄下から7行の記載(第1表を含む。以下「記載Ⅰ」という。別紙Ⅰ参照)について、第1表がどのような法則で選定したものであるかについて何らの説明もされておらず、また、俵自体から法則性を見出すこともできない旨説示している。

第1表の「伴奏音(1)~(4)」が、「メロディ音情報により指定されたメロディ音」(以下「音α」という。)と、「和音情報によって指定された和音の構成音の一部」(以下「音β」という。)と、「音α及び音βとは異なる(1もしくは複数の)音」(以下「音γ」という。)とからなっており、音γが本願発明の要件である「伴奏音」に当たることは明らかであるが、その音γが音αと調和しなければならないことは本願発明の特許請求の範囲に記載されているとおりである。そして、音γが音βとも調和するものでなければならないことは当業者にとって常識に属する事項にすぎず、かつ、第1表に示されている「伴奏音(1)~(4)」はいずれも音楽法則に則ったコードを構成しているから、記載Ⅰに基づいて音γを特定することは、当業者ならば容易になしうる事項である。

ちなみに、審決は、第1表はメジャーコードを作るためのものであるとされているのに、示されている伴奏音は4音であってメジャーコード(長三和音)ではない旨説示しているが、本願公報の「根音をCとしたときのメジャーコードをつくる伴奏音のリスト」(4欄38行、39行)という記載が、「指定された和音がCメジャーコードである場合の音γのリスト」の誤記であることは明らかであるから、審決の上記説示は当たらない。

したがって、記載Ⅰからは音γを特定することができないとした審決の判断は誤りである。

なお、判断<2>ないし<4>は、記載Ⅰによって音γが特定されないとする判断<1>を前提とするものであるから、いずれも失当である。

(2)第1の検証の誤り

審決は、本願発明の要件である「調和」が音楽理論にいう「協和」の意味であれば、指定された和音がCメジャーコードであるとき、音αEに対する音γが何故Aのみであるのか(Eの協和音であるB、G#、C#が何故除外されるのか)不明である旨説示している。

しかしながら、前記のとおり、音γは音αのみならず音βとも調和(3音間の調和)でなければならないから、音αのみとの「協和」(2音間の協和)を論拠とする審決の上記説示は当たらない。この点について、被告は、本願発明が要件とする「調和」は技術的意義が不明確である旨主張するが、大多数の人が調和していると感ずれば本願発明の要件である「調和」に該当するのであって、その程度が定量的に特定される必要はないというべきである。

そして、指定された和音がCメジャーコード(C、E、G)であるとき、Eの音αに対する音βはC、Gに特定されるが、音γの候補としてはA(E、C、Gとともにシックスコードを構成する。)、B(E、C、Gとともにセブンコードを構成する。)、D(E、C、Gとともにナィンコードを構成する。)が挙げられる。しかし、このうちE、C、Gの3音と最も響き合うのはAであるから、本願明細書の第1表においてはAが指定されているのである(なお、審決が挙げているG#、C#は、音γの候補になりえない。)。

(3)第2の検証の誤り

審決は、音αがE、音βがC、G、Aであるとき(C、E、G、AはCシックスコードを構成する。)、音γがどのように特定されるのか不明である旨説示している。

しかしながら、本願発明は、音β指定の基礎となるコードとして、記載Ⅰに示されているように、発明者が最適と考えた「5種類のコード(マイナーコード、メジャーコード、7thコード、オーギュメントコード、ディミニッシュコード)」(本願公報5欄の第1表下13行ないし15行)のみを予定しているのであるから、音β指定の基礎となるコードとしてシックスコードを想定した審決の上記説示は当たらない。ちなみに、電子楽器はあらゆるコードを設定しておく必要はなく、設定するコードの範囲は製造コストなどを考慮して適宜に決定する事項にすぎない。

第3  被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  判断<1>ないし<4>について

原告は、音γが音αと調和しなければならないことは本願発明の特許請求の範囲に記載されているとおりであるが、音γが音βとも調和するものでなければならないことは当業者にとって常識に属する事項にすぎず、かつ、第1表に示されている「伴奏音(1)~(4)」はいずれも音楽法則に則ったコードを構成しているから、記載Ⅰに基づいて音γを特定することは、当業者ならば容易になしうる事項である旨主張する。

しかしながら、音γが音βとも調和するものでなければならないことは本願公報には記載されていないし、そもそも、第1表には各メロディ音に対して4音からなる「伴奏音(1)~(4)」が一例ずつ記載されているのみであって、そこに何らかの法則を見出すことは困難であるから、原告の上記主張は失当である。原告の上記主張は、第1表に示されている「伴奏音(1)~(4)」が音楽法則に則ったコードであることを重要な論拠としているが、第1表に示されている「伴奏音(1)~(4)」がいずれも音楽法則に則ったコードであることを前提としても、本願発明が要旨とする「1もしくは複数の伴奏音」を一義的に特定することは不可能というべきである。

2  第1の検証について

原告は、音γは音αのみならず音βとも調和(3音間の調和)でなければならないから、音αのみとの「協和」(2音間の協和)を論拠とする審決の上記説示は当たらない旨主張する。

しかしながら、複数の音が調和しているか否かの判断が個々の人の音楽的感性にかかわっている以上、和音における調和と非調和とを客観的に区別することはできないから、本願発明の要件である「調和」の技術的意義は不明確といわざるをえない。

この点について、原告は、指定された和音がCメジャーコードであるときは(音βはC、G)、音γの候補としてA、B、Dが挙げられることを認めながら、このうちE、C、Gの3音と最も響き合うのはAであるから音γとしてAが指定される旨主張するが、そのようなことは本願明細書には記載されていない。

3  第2の検証について

原告は、本願発明は音β指定の基礎となるコードとして発明者が最適と考えた「5種類のコード(マイナーコード、メジャーコード、7thコード、オーギュメントコード、ディミニッシュコード)」のみを予定している旨主張する。

しかしながら、音β指定の基礎となるコードが原告主張の5種類に限定されることは本願発明の特許請求の範囲に記載されていないから、原告の上記主張は発明の構成に基づかないものであって失当である。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由の要点)は、被告も認めるところである。

第2  甲第2号証(本願公報)及び第4号証(平成7年6月26日付手続補正書)によれば、本願発明の概要は次のとおりである。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、自動的に伴奏を行う自動伴奏装置に関するものである(本願公報1欄12行、13行)。

電子楽器においては、演奏者により演奏されたメロディに対して、1つまたはそれ以上の和音(コード)からなる和声(ハーモニー)が自動的に伴奏される。従来の伴奏装置によって得られるハーモニーは、コードの構成音から選択された音を重ねることにより得られたものであって、最適なハーモニーではなく、それに近似するものにすぎない(同1欄14行ないし2欄10行)。すなわち、従来の伴奏装置では、コードに属さない音(あるいは音階に属さない音)は演奏者が演奏しない限り発生しないので、選択されたコードは常に音楽的に正しいとは限らず、したがって得られるハーモニーは音程の不連続(スキップ)を含む単純かつ平坦なものになってしまう(同4欄13行ないし23行)。

一方、コードに含まれていない音を経過音と呼ぶが、このような経過音を使用すれば、ハーモニーのスキップが防止され、より豊かなハーモニーを得ることが可能となる(同2欄11行ないし17行)。

好ましい音の組合わせの法則が第1表(別紙Ⅰ参照)に示されているが、これはCを根音とするメジャーコードの場合であって、他のコード(マイナー、7th、オーギュメント、ディミニッシュ)の場合は異なる音を組み合わせればよい(同4欄37行ないし5欄(第1表の下)15行)。しかしながら、12のメロディ音のそれぞれについて、12の根音と5種類のコードが存在するので、720もの情報が必要となり、情報の蓄積及び読出しが非常に面倒である(同5欄(第1表の下)19行ないし23行)。

本願発明の目的は、上記の問題点を解決しうる伴奏装置を提供することである。

(2)構成

上記の目的を達成するため、本願発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものであって(手続補正書3枚目2行ないし10行)、要するに、入力されたメロディ音情報と和音情報に基づいて、メロディ音情報によって指定されたメロディ音と調和し、かつ、和音情報によって指定された和音の構成音とは異なる音名の1もしくは複数の伴奏音を発生するものである(本願公報5欄(第1表の下)25行ないし29行、手締補正書2枚目4行ないし6行)。

例えば、第7図(別紙Ⅱ参照)の楽譜において、1行目の譜はメロディ、4行目の譜はハーモニーを示しているところ、従来の伴奏装置でメロディを演奏すると、2行目の譜に示されている3和音からなるハーモニーが発生するのに対し、本願発明の伴奏装置でメロディを演奏すると、3行目の譜に示されている好ましいハーモニーが発生する(同3欄3行ないし12行)。

すなわち、最初のメロディ音Eに対しては、(2行目の譜は伴奏用コードであるCメジャーコード(E、C、G)を構成するC、Gを付加した3和音であるが)3行目の譜はC、A、Gを付加した4和音であり、このAはCメジャーコードにはない音である。2番目のメロディ音FはCメジャーコードに含まれない経過音であるので、2行目の譜は(Cメジャーコードを構成するEはFと調和しないので省略し)C、Gのみを付加した貧弱な3和音であるが、3行目の譜はD、C、Aを付加した適切な4和音である。

3番目のメロディ音F#に対しては、2行目の譜はF#とはコードを構成しないC、Gを付加した不愉快な音であるが、3行目の譜は、D#、C、Aを付加した調和のよい4和音である。4番目のメロディ音GはCメジャーコードを構成するので、2行目の譜はE、Cを付加した3和音であるが、3行目の譜はE、C、Aを付加した調和のよい4和音である。

5番目のメロディ音Dに対しては、2行目の譜はG、Eを付加した3和音であるが、この3和音は曲がここで終わるかのような印象を与えるのに反し、3行目の譜は(Dが装飾音であるので)B、G、Eを付加したCメジャーコードの代理和音であって、曲がここで終わるかのような印象を与えることはない。

6番目のメロディ音C、7番目のメロディ音G、8番目のメロディ音Gb(F#)に対する各和音は、1番目、4番目、3番目のメロディ音に対する各和音と同様である。

9番目のメロディ音Fに対しては、上記のようにEはFと調和しないので省略され、2行目の譜はC#、A、Gが付加されているが、3行目の譜はC#、B、Gが付加された豊かな4和音である。10番目のメロディ音Eに対しては、3行目の譜はAが付加されている(本願公報3欄13行ないし4欄12行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、簡単な入力操作によって、膨らみと味を持つ伴奏を実現することが可能である(本願公報21欄23行ないし22欄5行、手続補正書2枚目12行)。

第3  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について檢討する。

1  判断<1>ないし<4>について

原告は、第1表の「伴奏音(1)~(4)」が音αと音βと音γからなっており、音γが音αと調和しなければならないことは本願発明の特許請求の範囲に記載されているとおりであるが、音γが音βとも調和するものでなければならないことは当業者にとって常識に属する事項にすぎない旨主張する。

しかしながら、音γが音αのみならず音βとも調和しなければならないことが当業者にとって常識であることを認めるに足りる証拠は存しない。そして、本願発明の特許請求の範囲が、音γについて、音αと調和すべきことを明記しながら、音βとの関係については調和すべきことを規定していない以上、音γは音βと調和しなければならないとする原告の主張は、発明の要旨に基づかないものといわざるをえない。

また、原告は、第1表の「伴奏音(1)~(4)」はいずれも音楽法則に則ったコードを構成しているから、記載Ⅰに基づいて音γを特定することは当業者ならば容易になしうる事項である旨主張する。

検討すると、前認定の本願明細書の記載によれば、その第1表には、音αがCのときは「伴奏音(1)ないし(3)」はA、G、Eであることが記載されていることが認められる。そして、根音がCのメジャーコドはC、E、Gによって構成されるから、上記G、Eが音βであり、したがって、Aが音γであることは理解しうるが、音楽法則においてCと協和するとされている幾つかの音のうち、音γとして何故Aが選ばれるのかを明らかにする記載は本願明細書には存しないことが認められる(付言すると、本願発明の要旨によれば、音βとしてG、Eのいずれか1つのみを指定し、音γとしてAのほかに幾つかの音を指定することも可能であるが、その指定の基準は本願明細書において全く触れられていない。)。また、第1表には、音αがFのときは「伴奏音(1)ないし(3)」はD、C、Aであることが記載されていることが認められる。そして、根音がFのメジャーコードはF、A、Cによって構成されるから、上記C、Aが音βであり、したがって、Dが音γであることは理解しうるが、音γとして何故Dが選ばれるのかを明らかにする記載は本願明細書には存しないことが認められる。

また、前認定の本願明細書の記載によれば、その第1表には、音αがDのときは「伴奏音(1)ないし(3)」はB、G、Eであること(したがって、「伴奏音(1)ないし(4)」がGメジャーシックスコードを構成することなる。)、音αがBのときは「伴奏音(1)ないし(3)」はG、E、Cであること(したがって、「伴奏音(1)ないし(4)」がCメジャーセブンコードを構成することなる。)が記載されていることが認められるが、DあるいはBを構成音として含む多くのコードのうち、なぜ上記の各コードが一義的に選ばれるのかを明らかにする記載も本願明細書には存しないことが認められる。

したがって、記載Ⅰからは音γを特定することができないとした審決の判断に誤りがあるとすることはできず、この判断は、本願明細書における第1表は「根音をCとしたときのメジャーコードをつくる伴奏音のリストである。」(4欄38行、39行)との記載が、原告主張のように「指定された和音がCメジャーコードである場合の音γのリスト」の誤記であると善解したとしても、左右されることはないというべきである。

なお、判断<1>が正当である以上、同判断を前提としてされた判断<2>ないし<4>に審決を取り消すべき違法がないことは明らかである。

2  第1の検証について

原告は、指定された和音がCメジャーユードであるとき、Eの音αに対する音γが何故Aのみであるのか不明であるとした審決の第1の検証について、音γは音αばかりでなく音βとも調和しなければならないから、音αとの協和のみを論拠とする審決の上記説示は誤りである旨主張する。

しかしながら、音γは音αのみならず音βとも調和しなければならない旨の主張が発明の要旨に基づかないものであって、Eを構成音として含むCメジャーコード(C、E、G)に付加すべき音γとして何故Aが指定されるのかを明らかにする記載が本願明細書に存しないことは前記のとおりであるから、第1の検証に誤りはない。

この点について、原告は、指定された和音がCメジャーコードであるとき、音αEに対する音γの候補としてはA、B、Dが挙げられるが、このうちE、C、Gの3音と最も響き合うのはAである旨主張するが、一般の音楽的感性の推移に伴って、かつては響き合わないと感じられていた和音が響き合うものと感じられるに至ることもあると考えられるから、原告の上記主張は、発明の要件を特定する基準としては不適切であるといわざるをえない。

3  第2の検証について

原告は、本願発明は音β指定の基礎となるコードとして発明者が最適と考えた「5種類のコード」のみを予定しているから、音β指定の基礎となるコードとしてそれ以外のコードを想定した第2の検証は当たらない旨主張する。

しかしながら、音β指定の基礎となるコードが原告主張の5種類のコードに限定されることは本願発明の特許請求の範囲に記載されておらず、原告の上記主張は発明の要旨に基づかないものであるから、第2の検証にも誤りはない。

4  以上のとおりであって、本願明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載からは、本願発明の要件である「1もしくは複数の伴奏音」を一義的に特定することは不可能であって、本願発明を実施しようとすれば、設計者がその音楽的感性に基づいて適宜に「1もしくは複数の伴奏音」を選定するほかないことに帰する。したがって、本願明細書の特許請求の範囲には「1もしくは複数の伴奏音」を得るための具体的構成が的確に表現されておらず、発明の詳細な説明にも当業者が容易にその実施をすることができる程度に発明の構成が記載されていないとした審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような違法はない。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年7月7日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

別紙Ⅰ

たとえば、第7図に示した「メランコリ・ベビィ」の一部の楽譜において、一番上の譜表はメロデイを示し、一番下の譜表はハーモニーを示す。上述した従来の装置によれば、メロデイが演奏されると、第7図の2行目の譜表を示した3和音の装飾メロデイが発生される。ここで、装飾音楽とは単音および多音から区別される和音からなる単一メロデイの音楽のことである。そして、この発明により得られる好ましいハーモニーは第7図の3行目の譜表に示される。

第7図の2行目と3行目の譜表を比較する。まず、一番最初のメロデイ音Eについては、3行目ではメロデイ音Eに他のC、A、G音が付け加えられた4和音が示されている。ここで、A音は所定の和音にはない音である。2番目のメロデイ音Fに対する和音はより複雑であり、通常、E音とともに和音となるC、G音が付け加えられている。メロデイ音Fは通常の和音ではE音とは調和しないので、E音は省略され、その結果、貧弱なコードになつている。Cメジヤーコードは掛留音Fを含んでいる。メロデイ音Fは経過音である。D、C、Aとなつている適切な和音が3行目の譜表に示される。2行目の譜表において、3番目のメロデイ音F#は2番目のメロデイ音と同様にC、G音と和音を構成している。これらの3つの音の足し合わせは、所定の和音は構成せず、調和しない単なる音の集合である不愉快な音を発生する。3行目の譜表においては、装飾音F#を経過 として含むD#、C、A音からなる調和のとれた和音が示される。4番目のメロデイ音Gも所定の和音中の音である。2行目の譜表においては、E、C音がメロデイ音Gに付け加えられる。3行目の譜表においては、E、C、A音が付け加えられ、調和のとれた和音が示される。5番目のメロデイ音Dに対しては、2行目の譜表においてはG、E音が付け加えられる。この和音は、曲があたかもここで終わるかのような印象を与える。3行目の譜表においては装飾音DにB、C、E音が付け加えられ、所定のCメジヤ和音の代理和音を構成するものの、曲が終わるような印象は与えない。6番目、7番目のメロデイ音C、Gはそれぞれ1番目、4番目のメロデイ音と同様に和音がつくられ、8番目のメロデイ音GbまたはF#は3番目のメロデイ音と同様に和音がつくられる。/9番目のメロデイ音Fについて2行目と3行目の譜線において、E音はF音と調和がとれないので省略される。2行目ではC#、A、G音が付け加えられ、3行目ではA音の代わりにB音が便われC#、G音とにより豊かな和音が構成される。10番目のメロデイ音Eに対して3行目ではB音の代わりにA音が用いられる。

従来の自動伴奏システムは非和音あるいは非音階音が演奏者によつてはつきりとは演奏されなかつた場合、それらの音を使うことができないため、音楽性において制限されている。このような制限は通常の能力をもつた演奏者がある限られた数の音だけで伴奏する場合に、特に問題となる。このような場合、従来の自動伴奏システムにおいてメロデイに伴奏されるように選択されるコードは、常に音楽的に正しいとは限らず、かつ、音程のスキツブとか不連続を含んだ単純かつ平坦な音となつてしまう。このように、従来のシステムは多くの演奏者に演奏の幅を持たせる利点を有するが演奏者シツブの点で十分でなく、メロデイと選択されたコードとの問の調和に基づいた最適な伴奏者が得られないことがある。伴奏用のコードに含まれないメロデイ音は経過音と呼ばれる。上述した「メランコリ・ベビイ」の例でも、大部分のメロデイ音は選択されたコードに含まれない音である。経過音は伴奏用コードにより定められるハーモニーに関しては非和音、非音階音である。これらの経過音は、しかしながら、メロデイ音およびコードの両方に密接に結合する。このような調和関係はメロデイに対する適切な伴奏用コードを選択する際に不可欠である。

これらの音の組合せを有する音楽法則を第1表に示す。これは根音をCとしたときのメジヤーコードをつくる伴奏音のリストである。各列は第7図の各メロデイ音に対応する。

たとえば、メロデイ音がFの場合は根音をCとするメジヤーコードはD、C、A、Fからなる。

したがつて、マイナーコードとか7thコードとかの異なるタィブのコードをつくるには上表に示すのとは異なる伴奏音を組合せればよいことがわかる。さらに、声部の配置の形式に従つて5つのコードのタイプのそれぞれが変化し、その結果、各メロデイ音、コードのタイブに対して異なつた伴奏音の組合せが存在することがわかる。このため、3音または4音の開離配置、3音または4音の密集配置、ブロツク、デユエツトおよび讚美歌という声部の配置形式のそれぞれに対して最適な伴奏音を含む5種類のコード(マイナーコード、メジヤーコード、7thコード、オーギユメントコード、デイミツシユコード)が存在する。

メロデイと選択されたコードとの調和関係に基づいて得られた上述した表の中から伴奏音を選択することは、今まで述べた論議から音楽的に好ましいことがわかる。しかしながら、このようなコードの種類を多様化する方法は、情報の蓄積および読み出しが非常に面倒である。12のメロデイ音のそれぞれについて12の根音と5種類のコードが存在するので、720個のメモリ番地が必要である。

この発明は上述した事情に対処すべくなされたもので、その目的は入力されたメロデイ情報と和音情報に基づき当該和音の構成音とは異なる1もしくは復数の伴奏考を発生することで、ふくらみ、および味を持つた伴奏演奏を実現することにある。

第1表

メロデイ音 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

C C# D D# E F F# G G# A A# B

伴奏音 (1) A A# B C C D D# E E G G G

(2) G G G A A C C C C E E E

(3) E E E F# G A A A A# C D C

(4) C C# D D# E F F# G G# A A# B

別紙Ⅱ

<省略>

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